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(ライター・堀田純司)
第22回 「続編映画の分類 キャラクター型」続編論その4
(前回の続き)この原稿を書きながら筆者は、続編を以下のように分類した。
●キャラ独立型
キャラクターが継承される中でも、演じる俳優よりも演じるキャラクターが認知されている型。
本当は「ダイハード」
のジョン・マクレーン=ブルース・ウィリス、古くはクリント・イーストウッドのダーティ・ハリーのように俳優=キャラクター型のほうが、続編としては王道なのかもしれないのだが、俳優より先にキャラが認知されているこのタイプは、長所として延々と続編を製作することが可能だ。
この型では、かつてのショーン・コネリー、ロジャー・ムーア、今はダニエル・クレイグでで知られる「007ジェームス・ボンド」
シリーズが典型的であるが、最近は「バットマン」
のように何度も、リターンしたりビギンしたり行ったり来たりし、もはやタイトルでは「バットマン」と言わなくなったりして、複雑になっている例もある。「スパイダーマン」
と 「パイレーツ・オブ・カリビアン」
が、この道を歩みそうな雰囲気を漂わせている。
これら作品では「今度のバットマンはクリスチャン・ベイル!」のように、演じる俳優とキャラのカップリングがファンを楽しませるが、「13日の金曜日」
シリーズのジェイソンや「エルム街の悪夢」
のフレディのように「キャラ独立俳優無関係型」とも言うべき、中の人が誰であろうが、もはやファンはこだわらないシリーズもある。もっとも日本の特撮ファンのように「やっぱりウルトラマンは古谷敏さんが演じなきゃね」みたいな感じで、向こうのファンも「ジェイソンは6代目のジョニー・ジェファーソン(でたらめ)が怖かった!」などと言っているのかもしれない。まさかと思うが。
まだ混沌が残っていた昔ならではの荒技であるが、大ヒット映画『エマニエル夫人』
(1974)は 、俳優=キャラクター型であり、初作のシルヴィア・クリステルがエマニエルを演じて、1979年の『さよならエマニエル夫人』
まで3作品が製作された。
●その他
スティーブン・セガールの「沈黙シリーズ」
のように、キャラ独立型の正反対で、俳優の存在感があまりにも突出し、なにを演じても同じようなキャラクターであるようにしか見えず、本当はそれぞれ別の作品であるにも関わらず同じ「沈黙シリーズ」と銘打たれても、まったく違和感のないシリーズも存在する。
また「アンダーワールド」
(現3作)のように、「いったいシリーズを牽引するだけのファンがどこにいるのだろう」と思う、「不思議系シリーズ」や、初作はデヴィッド・クローネンバーグの1981年の映画だったのに、ふと気がついたらシリーズが増殖し、リメイクも決まっていた「スキャナーズ」
のように「いつの間にか系」もある。筆者の中では、いつの間にか4まで続いていた「ファンタズム」(
背の高いおじいさんが出て殺人ボールがキーンと飛んでくるヤツ)などは、「不思議かつ、いつの間にか系」だ。この場合はファンがどこにいるかが不思議なのではなく(いや...それもどうか...)、作品そのものが不思議だった。
(次回4月26日)
