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(ライター・堀田純司)
第23回 「続編のメソッド」続編論その5
(前回まで)筆者の中では、いつの間にか4まで続いていた「ファンタズム」(背の高いおじいさんが出て殺人ボールがキーンと飛んでくるヤツ)などは、「不思議かつ、いつの間にか系」だ。この場合はファンがどこにいるかが不思議なのではなく(いや...どうかな...)、作品そのものが不思議だった。
そして忘れてはならないのが、映画会社が成功した作品にあやかって勝手にシリーズ作品のようにして売り出してしまう「勝手系」だ。
20回で言及した「デモンズ」がそのパターンで、日本国内で2010年2月現在、「デモンズ」は「6」まで存在するが、真の「デモンズ」と言えるのは本当は2までだそうだ。
もっとも、さすがによほどのことがない限りほとんど関係のない作品がシリーズ扱いされることはないもので、いくらなんでもホラーはホラー、なるだけゾンビはゾンビとか(稀にジャンルからして違うものもあるが)、共通点はあるものだが、筆者は「デモンズ」を3まで観たが、少なくとも「3」は、「1」と「2」と同じシリーズと言われてもそんなに違和感はなかった。ただまだ観ていない、かつ今後もなんとなく観なさそうな気がする「4」から「6」は、ずいぶん違うテイストのようだ。
筆者は続編というものは、予算も増えて作品は派手になる。しかしその後、方向性を見失って「そもそもこの作品ってどんなんだったけ」と原点を見つめ直し、そこで続編製作のエネルギーを失っていくのが定番のライフサイクルではないかと思っている。典型的な作品が初作がリドリー・スコットの1979年の映画だった『エイリアン』 だ。
1979年の第1作の成功を受けて、今度は1986年にジェームス・キャメロンが「2」 を監督。筆者は常々このときのジェームス・キャメロンが「2」成功のメソッドを確立した人だと思っているのだが、前作で1匹だったエイリアンは今度は大群で登場。迎え撃つのは宇宙海兵隊で、最後にはモビルスーツまで登場するというど派手な作品になっている。
そして3作目は1992年にデヴィッド・フィンチャーが監督。ミュージックビデオの出身で、『セブン』 (1995)でブレイクし『ファイト・クラブ』
(1999)、『ベンジャミン・バトン』
(2008)などを世に送った彼の映画デビュー作である。この作品では、「そもそもエイリアンって閉鎖状況の中で1匹だったからエイリアンなんじゃなかったけ」と言わんばかりに、再び敵は1匹に回帰。流刑惑星における死闘が描かれた。
この3作目がどうも興行的にはうまく行かなかったようなのだが(筆者はそれなりに良かったと思ったものだったが)、これはなにもデヴィッド・フィンチャーが悪いわけではない。そもそも3作目のメソッドが確立されておらず、誰がやっても難しいものが「シリーズ第3弾」なのだと思う。これは筆者の牽強付会ではなく、たとえば、女性型ターミネーターが登場した「ターミネーター3」、あるいは原作から独自ストーリーに挑んだ「ジュラシックパーク3」のように第3作目が微妙であったり転機になったシリーズ物は数多く、ここからライフサイクルを一時終えてしまったり別物に変形していく作品も少なくないのだ。
(次回5月3日)
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