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(ライター・堀田純司)
第13回 ゾンビ映画クロニクル その3
1985年の『死霊のえじき』ではもはや、大地にうごめくのはゾンビのみ。数少ない生存者は軍隊と彼らに保護される科学者という設定が、ハードである。また第1作では民家、2作では大型ショッピングセンターだった篭城の舞台も、アメリカ全土に対して軍の要塞とスケールも大きくなっている。この作品では、ゾンビとコミュニケーションし、再び知性に目覚めさせようとする科学者が登場し、ロメロの目線が、ただ文明の崩壊を描くだけではなく、「では崩壊したら人間はどのようにふるまうのか」にも向けられたことを示していた。
もちろん人それぞれのゾンビ像、「オレゾンビスタイル」があるだろうが、筆者独自の「ゾンビ映画原理主義」では、感染力こそがゾンビ映画の第一要素である。その点で、70年代、80年代につくられた『ゾンビ』の亜流映画も好きで愛もあるのだが、21世紀に入って登場したポール・W.S・アンダーソン監督の『バイオハザード』(2002)、ダニー・ボイル監督の『28日後...』(2002)、ザック・スナイダー監督のリメイク『ドーン・オブ・ザ・デッド』(2004)の諸作は、みな感染力が強く、それぞれに見どころがあって好きな映画である。
『28日後...』で人を襲うのは、甦った死者ではない。レイジウイルスという人間の凶暴性をむきだしにするウイルスの感染者なのだが、外部に流出しほどなくイギリスは全島封鎖。わずか28日後には、都市は廃墟となり生存者はごく少数になっていた。
主人公はこの間、昏睡状態にあり病院に隔離されていたのだが、覚醒した彼はただひとり荒廃のロンドンに足を踏み入れることになる。
文明が崩壊したからといって現代人はすぐ蛮族になるわけではない。もっと複雑に変異することもあれば、懸命に尊厳を守って社会を再健しようとすることもある。「崩壊と人」が描かれた、ゾンビは出てこないがゾンビ映画らしいゾンビ映画だった。
この映画に登場するレイジウイルスの感染力は、原理主義者の筆者から見てもすさまじい。噛まれなくとも、感染者の血液が自分の粘膜に付着するだけで危ないのだ。続編『28週後...』(2007)では、接吻で感染し、28週間後に再びアウトブレイクしたほどである。 ちなみにこの続編では「凶暴化した人間の視野」という珍しい描写も出てきて興味深いが、本コラムの性質上述べておくが、先に『28日後...』を観てそれに愛を感じた方にお勧めである。
(次回1月25日)
