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(ライター・堀田純司)
第7回 『機動戦士Zガンダム -星を継ぐ者-』 2005年 その1
本コラムの性質上、現行でDVDが発売されているタイトルを選びましたが、「星を継ぐ者」は2005年に「新訳」として新たに編集され、追加作画が行われた劇場映画版タイトル。『機動戦士Zガンダム』は、ご存じのとおり1987年に放映されたテレビシリーズで、かの『機動戦士ガンダム』('79)の続編にあたる作品です。
すでにビッグタイトルであるこの作品を、なぜ今ここでご紹介するかというと、この「Zガンダム」が現在の日本社会の状況を非常によく表していると、このところ感じるためです。
以前の日本では終身雇用が中心。企業は採用した人材に社会人教育と施すところからはじまって、社員の生活まである程度保障してきました。働く側も私的な欲望よりも、会社員としての任務に重点をおき、就業時間外でも「会社のつきあい」を優先させてきたものです。
こうしたあり方は「社畜」などという言葉を生み出し、ひとつ間違えると私生活を犠牲にして仕事に打ち込む、そこに自分らしさがどこにも感じられないという風土をつくってしまいましたが、よい面としては、企業も「私企業」であるだけではなく日本社会でパブリックな義務をも果たす機関という意識を持ち、働く側も私的な意欲だけではなく、公の役割に参加しているのだという使命感が、そこにはあったと思います。
こうした時代を踏まえて思い出されるのが1974年放映のアニメーション『宇宙戦艦ヤマト』です。この作品では、惑星ガミラスの攻撃を受け、放射能被害のために人類が滅亡の危機に瀕している。死の星と化しつつある地球を救うために、ヤマトが14万8千光年の彼方に旅立ちます。
こうしたヤマトの乗組員にとって、たとえば「俺、一度外宇宙に出てみたかったんだ」「イスカンダルは美人の産地なんだって?」などという私的な欲望はほぼゼロのはず。彼らの帰還が一日遅れれば、それだけ人類の滅亡が一日近くなるのです。なによりも「公の使命」が優先される旅でした。
こうした設定が大いにウケたのは、やはり戦後直後の荒廃を乗り越え、高度経済成長を成し遂げ、欧米に追いつけという意識で日本人が一丸になれた時期、少なくともその意識が残っていた時期であったからでしょう。
(次回12月7日)
