ヒマだ。映画でも観るか。でもいったいなにを観よう。絶対失敗はできんぞ。そんなときはこのコーナーにアクセスしてください。なんにもやることがない夜のおとも。ちょっと奇妙な映画紹介コーナーです!
(ライター・堀田純司)
第6回 「ユビキタス化するツンデレ 歴史的なツンデレその2』
海音寺潮五郎『蒙古来る』1954年
<!--ツンデレもなかなか大変なところですが、幸い無事にこの後、小一郎と再会し、「多子を追ってきてっくれたのね。うれしいこと!」とデレ期を迎えることになります。-->(ここまで前回)
このようなことを書くと「不真面目だ」と怒る人もいらっしゃるだろうと思うのですが、そこは安ライターのたわごととお許しいただきたい。
時代小説、歴史小説の作家でも池波正太郎氏は、大柄で強く、しかも女性らしい女性に萌えをお感じだったように推察します。漫画でいうと『セーラームーン』に登場したセーラージュピターのようなキャラでしょうか。
藤沢周平氏は、『めぞん一刻』の管理人さんのような、臈長けたきれいなお姉さんを描写することを好まれたように感じます。司馬遼太郎氏は、とびきり頭がよくてしかも常識にとらわれない、ちょっと不思議ちゃんがグッと来たように読み取れるのですが、「では海音寺潮五郎氏はツンデレだったのか」というとそうではありません。個人の趣味嗜好というよりも、それはむしろ時代小説の「お約束の設定」だったのです。
考えてみれば、ツンデレ女性の必須条件は「驕慢であること」です。女性が驕慢に育つためには、なぜか裕福な家庭が必要なようです。いかにも不思議なことに、必ずしも恵まれぬ家庭でわがまま放題に育った女性は、ツンデレというよりもむしろドキュンな印象を想起してしまいます。
裕福な家庭で、社会の荒波に対して無防備に育ったがゆえにこそ、いざ恋に落ちるとデレデレになってしまうからなのかも知れません。私はいったいなにを言っているのかという気もしますが、だからこそ現代の漫画やアニメでツンデレキャラというと富裕層の子女であるとか、伝統ある名家の跡取りであったりとか、あるいはそこまで行かずとも学級委員や生徒会長など"役付き"であったりなど「社会的地位が高い」という設定で登場してくるのでしょう。
しかしそこはしょせんは現代社会で、平民同士にしか過ぎません。やはり本当に二人の身分が違った封建制度下こそが、"高嶺の花"の原産地であり、ツンデレキャラの生まれ故郷といえるでしょう。そのため、時代小説といえばもともと、ツンデレお姫さまはつきものだったのです。ツンデレという病をお持ちの方は、ぜひ封建制度下の時代の小説を読まれるとよいでしょう。
振り返ると、リアルの歴史でも太閤豊臣秀吉などはツンデレ趣味があったのではないかと思います。有名な側室、淀君は秀吉にとっては主君、織田信長の姪にあたり浅井家の受け継ぐ名家の出。後の秀吉死後から大坂落城にいたる時期のふるまいを見ても、ツンデレ、下手をするとヤンデレ女性だったのではないかと思われます。
秀吉は、他の側室を見ても名族京極家の出であった松の丸殿のようにブルジョワ令嬢が多く、彼の萌えがうかがえます。
もっとも正室のねねは、高嶺の花というより庶民的で口やかましい、今でいうところの幼馴染キャラの雰囲気があります。こちらはこちらで大切にしていますが、確かにツンデレは恋愛はエンジョイできても実践家庭生活にはやや不向きなタイプです。そのため家庭的な幼馴染を正室に、驕慢なツンデレを側室にとは理想的な状態であり、このあたりも彼が現代人にも人気のある理由のひとつといえましょう。
余談を重ねますが、天下人ビッグスリーのもう一人、徳川家康は、ヒステリックなおばはんであった正室、築山殿に心の底から辟易したためか、鈍重な野の女性がよかったらしいことは有名です。現代でいうと熟女ビデオを好むタイプでしょうか。
これが信長になるともはや好みは計り知れず、もっとも愛したと言われる側室、生駒吉乃は6歳年上。蒲柳の質で体が弱く39歳で亡くなってしまったといいます。その運命を含めて、なにか美に敏感であった信長が惹かれそうな女性であったことがうかがえます。
と申しますかこの2回、ちっとも映画に関係なくてすみません。次回からはまともに。
(次回11月30日)
